【名張】子どもたちの安全を見守って22年 亡き妻が残した言葉を胸に、雨の日も、雪の日も

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朝日新聞より引用

 

朝日新聞によりますと。。。

 名張市梅が丘北1番町の車本(くるまもと)忠夫さん(83)は22年間、通学路で旗を持ち、子どもたちを見守ってきた。亡き妻が残した言葉を胸に、雨の日も、雪の日も。5日、県交通安全功労者表彰を受けた。

 

とのことです。

 

車本さんは市立梅が丘小学校近くの信号機のある交差点に立ち、登下校する子どもたちを誘導するされているそうです。
高齢になった最近は週1、2回ほどになったが、かつては3、4回は交差点でこうした「旗振り」をされているそうです。

きっかけは勤め先を早期退職し、大津市から名張市に移り住み、同い年の妻喜佐子さんが、がんを患ったことだそうです。

 

知人から頼まれ、93年に市交通安全推進委員(現在の市生活安全推進協議会交通安全部会委員)になった。通学路の見守りだけでなく、自転車の正しい乗り方教室の企画などにも携わった。2013年から2年間、交通安全部会の部会長を務められた車本さん。
活動の支えとなったのは、、がんのため60歳で逝去した喜佐子さんがのこした次の言葉。「人に頼ったら、あかんで。人のためになることを」との言葉だそうです。

子どもたちと接するのは楽しかったが、忘れられない出来事が一つある。青信号で児童を横断させている最中、右折車の運転手が大声を上げた。「はよ、どけっ」。車本さんはその時、「子どもたちのため、体を張らんならん」と思ったという。

  車本さんは7日に名張市役所を訪れ、亀井利克市長に表彰を報告した。「年とともに体の自由が利かなくなってきたが、まだまだ続けたい」と意欲を語ったっていたそうです。

 

 

久しぶりにほっこりするいいお話ですよね(*^^*)

子供が小さかった頃、元ガードマンのおじさんが、同じように毎朝旗振りしてくれてました。
近所の方は「職業病やな」と見守られていましたが、おじさんのくれる安心感、今思えば大きかったです。
昔はこうやって、近所の方が見守り、声掛けをしてくれてましたよね・・・

車元さんにはいつまでもお元気で、頑張って頂きたいです。

(ゆーたん)

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2015/12/13
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